2018年6月17日日曜日

波乗り週間

この梅雨時に珍しく富山湾にサーフィンが出来る波が立った。それも4日間連チャンで。
13日は常願寺川河口、少人数でムネ前後のファンウェーブを3ラウンド、14日はジャンクな岩瀬浜で、15日は起きられずレイトチェックのみ。16日は再び常願寺川河口でハラ前後のファンウェーブを4時間半。カラダも調子良くて、絶好調といかなくてもそれに近い状態。バンバン乗れたから楽しかった。一緒に遊んでくれた皆に感謝。
久しぶりにドローンも飛ばしてみたけど、操縦や撮影はまだまだ未熟でした。







2018年6月6日水曜日

6月2日と3日

この時期恒例の1泊サイクリングは京丹後を走った。
偶然、去年ドライブしたところ。
マイクロバスとハイエース(トランポ)の2台で15人が移動。
拠点は丹後由良にある民宿わすれなぐさ。少し古いけど快適に過ごせる良いところだった。
いろいろ交通事情(たんたんライドと言う1800人参加のグランフォンド)もあって2日目に走る予定だったメインコースを1日目に前倒しすることになった。距離120Km、総上昇1000m超を10時過ぎから18時までの8時間弱。
ルートファインディングも含めて、けっこう頑張らなくてはいけない感じのデータ(笑)
小グループに分かれての出発。オレのグループはアキラ先輩と哲也君と心強いメンバー。
交通量の多い街中を抜けるまでが2時間とルートミスがストレスとなった。途中、健脚チームの清田君がメカトラで合流して4人となる。その後は登りと下りだけの難度の高いコースが続く。

海沿いは景色もよく気持ちが良いが、半分くらいの距離で脚がいっぱいになってきた。
合流した清田君が元のグループに戻り、再び3人。
舟屋で有名な伊根までは強烈なアップダウンの連続で後半は笑いしかでなかった。
哲也君は脚がいっぱいになり攣り攣りの状態。
 舟屋群を抜けた後はフラットな快適な道が続く、ここを32km/hくらいで気持ちよくクルーズして天の橋立てまで。そこから宿まで、脚が攣ったりしてペースダウン、ルートミスもあり結局127kmと他のグループよりも8kmほど多いがなんとか17時半にゴール。
天気もよく湿度もそれほど高くなくてサイクリング日和だった。
 2日目は自転車にのるグループと乗らないグループに分かれての行動。
迷わず乗らないグループを選択(笑)ローカル線に乗って天の橋立て観光へ。
雪のない時に乗るリフト、風が気持ち良い。
 展望台で股覗きを、、、たしかに龍のように見える。
下山後、自由行動となりグループが二つに分かれた。
客引きの兄ちゃんにプレジャーボートを勧められ、値引きもしてくれたので貸切でクルーズ。ひとり900円×5人。観光地の割には安いのだ。男5人でワイワイした(爆)
 船着場を見ながらのお茶タイムも立地の割には安い。ここも気持ち良かった。
その後、ピンになり参拝したり、お土産やさんを見るも、この辺は北前船の寄港地なんんで、売られてるものが富山とさほど変わらず。食べ物やも海鮮が中心。おかげで散財は防げた(笑)
また数人と合流して、ラーメン。朝9時から営業してるこのお店の名前が「くじからラーメン」このラーメンは絶品だった。安いうまい早いがよろしい。
そして1本早めの汽車(架線がないので電車とは言わない)で宿まで帰って風呂入ってから帰路につく。

幹事の泰雄くん、運転してくれた野田さん、坂井くん、哲也くん、そしてラ・トータスメンバーのみんなお疲れ様&ありがとうございました。今回も大きなトラブルなく楽しく終われて良かった。

備忘録:練習は十分に必要(爆)


















2018年5月20日日曜日

1976年

先日、フェイスブックに17歳の時の写真(共に右手前がオレ)をアップしたら、嬉しくも反響がいっぱいあったので少し回顧録を残しとこかと、、、。
バンド名が『TeenyBopper』って言う名前で10代の時にしか使えない名前をよく付けたもんだと我ながら思う。メンバーは小中学校時代の同級生とその同級生の高校の同級生でいわゆるギター2ベース1ドラムス1の4ピースでやってた(写真には5人写ってるけど)。
1枚目は地鉄ビルの5Fホールでのアマチュアバンドが集まってのライブの時にステージ袖で待機中に写してもらったものだと思う。2枚目がその後の打ち上げした喫茶店『ぼろ』の3Fの練習場だと思う。
時期は12月だと記憶している。誰がこの写真を撮ってくれたかは記憶にないのだけど『ぼろ』に出入りしてた先輩方だと思う。特に1枚目の写真がお気に入りかな。この華奢な体つきが懐かしいし、それなりにロン毛だし(笑)2枚目のタバコも笑えるね。
この頃、やってたのが『はっぴーえんど』や『めんたんぴん』泥臭いサウンドのコピーだった。

そしてこの頃に出会った(買った)特に印象深いレコードが2枚ある(共に1976年発売)。
言わずと知れた『ゴダイゴ』なんだけど、これがデビューアルバム『新創世紀』で、『銀河鉄道999』や『西遊記』などはこれからしばらくしてからだった。だからこの頃は「言わずと知れた」までは行ってなかった(笑)。今聴いても素晴らしく、A面の5曲は名作ですね。
ドラマ『太陽にほえろ』『傷だらけの天使』への楽曲提供や演奏、さらには沢田研二のバックバンドを務めた井上堯之バンドの井上堯之本人名義のソロアルバム。
ただ残念にも先日他界された。悼みたく思い、彼の仕事(音楽)を聴きたく、まずはこのアルバム。そして特に影響を受けたのが彼もメンバーだった『PYG』だ。グループサウンズも陰りを見せた頃にタイガース、スパイダース、テンプターズから2名づつが参加して出来たスーパーグループだ。フロントにジュリーとショーケンがいてメチャ恰好よくて、名優『岸部一徳』もベースでの参加してたのも忘れてはいけない。この『PYG』での井上堯之と大野克夫の仕事っぷりは実にスゴいのだ。フロントの二人が霞むほどにいい仕事してます。でも当時はそこまでは気付かなかったんだけどね。
当時の地方アマチュアバンドってミーハー的なことを避けてたような気がする、実はオレにはミーハーな部分が多々あって(笑)でも、この辺りのミーハーをコピーしたいとも言えずに結局『はっぴーえんど』や『めんたんぴん』みたいな泥臭さいロックのコピーになったんやろうな。元々はモテたくてバンド始めたのにマニアック過ぎて全然モテなかったね。ミーハー路線に行ってりゃモテたかも?だね。
そして『PYG』のようなこんなかっこいい写真を残してみたかったと今更ながらに思うよ、ストライプのパンタロン(死語)履いてね(笑)
明けても暮れても、音楽しかなかった1976年そして17歳は楽しかった。

写真を撮ってくれた方やバンドメンバーに感謝です。
井上堯之氏のご冥福をお祈りいたします。

PS,中3だった思う。ジュリー&井上堯之バンドのコンサートを高岡市民会館に見に行ったことがある。『岸部一徳』も『岸部修三』のクレジットでベースを弾いてた。ショーケンが居れば『PYG』だったんだけどね。









2018年5月2日水曜日

ズタボロ

前の週、3連休にしたのが響いて16日からの21日までの6日間で8日間分の仕事をした感があってココロもカラダがズタボロな状態になった。

GW後半は恒例の薬師岳ツアーが控えてるのでトレーニングとその下見を兼ねて、飛越ルート(寺地山〜北の俣岳)に行くことに。それが4月22日の日曜日のこと。メンバーは少し増えて6名。

天気はすこぶるいい。歩き始めが6:50、山頂に到達するしないは関係なく13:00には下山開始とルールを決めた。北の俣岳までのコースタイムが6時間なんでほぼほぼ頂上には行ける腹積りではあった。登山道取り付きまで30分ほど、そこからしばらく急登が続く、シール登行が出来たのは8:00近くになってから。


ここからが想定外の試練となった。皆のペースについてけず、先行者の姿がどんどん小さくなる。この時、自分のカラダの不調がわかった。トレーニングが主たる目的だったから日帰りのわりには荷物を重くしていたし、道具も少し重いものにしたのがアダとなった。
少し休憩して補給を入れた。

そのあと足が重くなり、攣りはじめた。騙し騙し歩くもキツかった。寺地山頂手前20~30分くらいのところで意図的にスタック(10:40頃)した。これ以上進むと帰りが困難となると判断してひとりで下山を決意。すると川崎君もイマイチ調子が悪いとのことで一緒に降りることにした。先行者に余分な水(スポーツドリンク2L)を渡しに川崎君に寺地山頂まで行ってもらった。今シーズンは川崎君に迷惑かけっぱなしだ。

小1時間ほどで川崎君が戻ってきた。下山をするが足取りは重いまま。集中力も欠け1700mあたりでルートミスに気付くもなかなか正規ルートに戻れなくてその周辺を3周回した、晴れてるのにリングワンデリングとは情けない。体力は限界だったけど思い切って確信できるルートまで登り返すことにした。大きな声を発してみると先行グループの反応があった。合流出来たのは幸いだった。迷ったあとの良くなかった行動を分析してみた、老眼のためGPS画面を拡大しすぎて周囲まで見てなかったのが一番の原因で旧登山道を新道と勘違いしてトレースしてたらしい。合流してから車のあるところまで1時間ほど。林道歩きがキツくて足親指の爪が剥離したのがわかった。ズタボロな状態で下山終了(16:00過ぎ)。皆の車が停めてある大沢野で解散となる。
ひと風呂浴びようとゆーとりあ越中に行くも外来入浴の時間が終わっていた。ググると近くに小木山鉱泉があったので寄ってみたがここも臨時休業でアウト。風呂にも見放されたズタボロな日だった。
風呂はともかく無事帰宅出来たので川崎君をはじめメンバーには感謝したい。
今度はきっといいことがあるだろう。
PS、諸般の事情がいろいろ変わって、結局GWの薬師岳ツアーには行けなくなった。










2018年4月26日木曜日

2泊3日の旅 3日目の忍野八海とイチゴ狩り、そして帰路

夜中は雨風が強かったらしく、天気予報も午前中は雨が残ると云っている。
朝風呂を浴びて、朝食を頂いて。とりあえずチェックアウトを済ませて、山中湖畔を少し散策。風は冷たいが青空も出てきて気持ちがいい。
そもそもこの集まりは、テレマークスキーで知り合って、なぜか皆んなでウクレレを弾いて遊ぶ仲間達。その中の一番音楽に長けてて、一番の長の高田さんの還暦を祝う会。
それが富士急ハイランドとイチゴ狩りと言う、ま、そんなこんなで楽しい企画です。
そのイチゴ狩りの予約時間が14:30と言うことで、まだ時間がたっぷりとあるんでオプションで忍野八海に行くことに。と言っても車で20分くらいのところ。
忍野八海とは富士山からの伏流水がもたらして出来た八つの池を指すとのこと。
ちょうど桜も咲いてて綺麗だったけど。中国からの観光客がいっぱい居て、本来の楽しみ方が出来なかった感じ。
 中国人が行かないちょっと外れた食事処に入った。ここ5年で富士山方面には4回行ったけど、ほうとうを食べたのは初めて、美味しい。しかもボリュームがハンパない。このあとのイチゴが食べれるのかオレ(笑)腹ごなしに最後の池まで往復50分くらいかけて散歩。
このイベントの締めくくりのイチゴ狩りへ。イチゴ園をナビったら目的地まで4分のすぐそこだった。大人13人子供2人で割り当てられた温室で30分間スタートだったけど。10分ほどで食べ尽くした。みんなイチゴ好きなんですね。ちなみ入園料が大人ひとり¥2200。10分の単価にするとチョイ高いかな。

そして、ここの駐車場で解散となるが、ちょっと淋しい感じ。
きのう寄ったスイーツガーデンまで移動してお土産買って帰路に着く。
途中、松本で早めの夕食とった。ここも初めて入るお店。2年前は美味しくないお店に入って失敗したんでドキドキしたけど。味よし値段よしサービスよしのなかなかのお店だった。街道沿いなんで松本に行ったときは御用達かな。ステーキ丼と海老フライで¥1500弱。
2時間半で帰宅。

遊んでもらったみんなありがとね。幹事のちかこ姐さん、お疲れさまでした。
高田さん還暦おめでとうございます。また音楽を教えてください。
来年はオレが還暦か、、、(ぼそっ)。



2018年4月25日水曜日

2泊3日の旅 2日目の富士急ハイランド編

富士吉田市方面の天気予報は下り坂で午後から雨が降るとホテルのテレビが云っている。
早々に朝食を済ませて松本を出発。
富士急ハイランドで昼頃に皆と合流する予定なんだけど、天気予報を気にしてかそれぞれが早め行動に出てるのがSNSでわかるのは嬉しい。
西湖に着いた時はまだ空の青い部分が残っていて、なんとか富士山を拝めた。
富士急ハイランドに入る前に栄養補給。去年、サイクリング中に入ったスイーツガーデンに立ち寄った。ここは観光地のわりにはリーズナブルなのがいい。
このお店から10分ほどで富士急ハイランドに着いた。駐車場に車を止めて降りるなり、遊園地独特の叫び声だったり機械音だったりが聞こえて、テンションが上がった。1日券を買ってしまったんで元を取るまで遊ばなくては、と思いつつも、体がもつんかい(笑)
さっそく『FUJIYAMA』で先行して着いてた関東の3人と合流。30分ほど並んで一発目の絶叫体験。すごかったけどまだ余裕があった。園内は身軽で入ったんで写真は少な目。
そのあと、滋賀、名古屋、神奈川、長野、静岡の友達の合流。お昼時間を過ぎてたけど、食べたらリバースの恐れありだったんで食べずに『ド・ドドンパ』『高飛車』『ええじゃないか』を片っ端から絶叫にトライしていった。『高飛車』の思いもよらない展開にやられた。そして写真3枚目の『ええじゃないか』は予想をはるかに超える動きだった。
『テンテコマイ』が強風のため停止してたのが残念だった。腹を満たしてから、少し緩め(と言ってもハード)なものに乗って遊んだ。そして締めは『クール・ジャッパン』。童心に帰れた数時間だった。



夕方近くになって日差しもなくなり風も強く寒くなった。
山中湖畔にあるホテルまで30分ほどかけて移動。
このホテルも松本で泊まったホテル同様に昭和の頃はかなり高級なホテルだったんだろうなって思う佇まいだった。一風呂浴びて楽しい宴の時間へ突入。

気になったもんで

きのうFMで聴いた”坂本美雨のディア・フレンズ”
ゲストの加藤登紀子の話が良かった。
「神様のひと呼吸が50年」このフレーズがちょっと気になった。
このフレーズには当然前後の文章はあるのだけど、、、。
彼女(加藤登紀子)が感じてる世界観や歴史が50年に一度歴史を動かすと説明してた。それは世界の歴史だったり、音楽の歴史だったり、自身の歴史だったり様々ではあるけど、神様が50年に一度呼吸するとなにかが変わる、実に「なるほど」なって思う言葉だった。

若かりし頃NHK富山局で照明アシスタントのアルバイトしてたことがある。その時に加藤登紀子富山公演の取材に同行したことがあった。今はもうなくなった富山市公会堂の楽屋でのインタビューで当時彼女のツアーバックバンドを務めてたのが告井延隆率いるセンチメンタル・シティ・ロマンス。その面々が彼女を囲んでの音楽四方山話が楽しかった。舞い上がってたから取材の内容は覚えてないけど、人柄の良い人だったことだけは記憶に残っている。

「さくらんぼの実る頃」の歴史的背景を知れただけでも良かった。

2018年4月24日火曜日

2泊3日の旅 1日目の松本編

乗鞍岳BCに行った週明け月曜日から、次の週末のイベント(富士急ハイランド&イチゴ狩り)へ向けて激務をこなすも思うように進まなくて結構イラついた。でも、なんとか帳尻を合わせて木曜日にノルマ達成。なのでイベントは土日なんだけども前乗りで松本までに行くことにした。
カミさんが松本市美術館で開催されてる草間彌生展に行きたいと言うんで、なんとかリクエストに応えることができた。圧倒される作品の数々に、そして彼女の歴史を知り得ることが出来るこのイベントは素晴らしかった。これは行って見て良かったわ。カミさんはグッヅもいっぱい買ってた。もう1回行きたいくらい。


これを見る前に入った蕎麦屋さんも美味しかった、店の名前忘れたけど(笑)
そのあと、松本城に行ったけど、天守までの待ちが長かったんで、外から見て終わり。
天気がいいんで気持ちがいい。
城の近くにある時計博物館に立ち寄ってみた。かなりの昔からの時計がいっぱいあった。やっぱり機械式の時計っていいね。
あとは街中を適当にお茶しながら散策。

昭和の頃は高級過ぎて泊まれなかったであろう、古いホテルに宿泊。夕食は質素に最近松本にオープンしたイオンモールで出来合いのものを買って食べた。歩き疲れたんで即就寝。


乗鞍岳BC

仕事が忙しすぎるのはありがたいが、、、、うむっ。
それでも無理繰りに休みを取って遊んでるけど達成感が得られないのが現実か(笑)。
4月8日は日帰りでアキラ先輩と大勢待君と乗鞍岳BCにチャレンジ。前日からやたらと寒かったから当然雪質もよくてこの時期にパウダーを頂けるのではないかとウキウキで行ったのだが、標高2400mあたりでは強烈な風と寒さと視界不良に阻まれてあえなく敗退。。マジに指先が凍傷なるかと思ったよ。でもギリセーフだった。久しぶりのテレマークスキーでのBCだったけど、雪質もよくてまあまあ楽しかったが、リベンジだな。誘ってもらってありがとう。


2018年4月2日月曜日

課題克服

きのう4月1日、ロードバイクのシーズンインをした。スキー、バイク、サーフィンなどなどクロスオーバーな季節になった。だから車の中や部屋は道具だらけですごいことになっている。

さてさて、いろいろなシーンのシーズンインで皆んながよく口にする言葉がこうだ「今シーズンの課題が見えた」と。オレもそう言うから、そうなのだが、、、、。実際には先シーズンの課題は克服されてないし、いや先々シーズン、はたまたそのずーっと昔からその課題は克服されてないのだ。その克服されてない課題は一貫して同じで、シンプルにカッコよく、そして苦手を克服。例えばロードバイクの場合はカッコのいい乗車姿勢で効率のいいペダリングをしてみたい、登りが苦手だからもう少し楽に速く登ってみたい、、、となる。
ロードバイクを乗り始めた33年前から目指すところはなんにも変わってないのです。
リザルトみたいな数字や成績にこだわってないぶん、到達点も曖昧でよくわからない(笑)そして年を重ねるごとにその課題がどんどん遠くなってるのも事実(笑)

2018年3月20日火曜日

ドローンその後

ドローンを買ってからトータル2時間ちょいのフライト。少しオートエディットしてみた。まだまだ練習が必要。



2018年3月7日水曜日

じゃ〜ん

正月明け早々に講習を受けたものの機体の購入までは行かなかったのだが、とうとう禁断の世界に足を踏み入れても〜た。機体は先月発売になったばかりのDJIのMAVIC AIR。さすが最新鋭とあって安定感抜群で機能もいっぱいあってすごい。と、言ってもまだまだ使いこなせないのが現状。とりあえずは練習を積んでドローンで少しお金を稼げるレベルまで持って行きたいね。


2018年3月1日木曜日

ホワイトシーズン

ホワイトシーズン(スキー)、グリーンシーズン(自転車)、ブルーシーズン(サーフィン)そして大嫌いな花粉シーズン(憂鬱)を含めて四季となる。
花粉シーズンが始まる前にホワイトシーズンをまとめてみた。
スキーにお金をかけた分、頑張って滑った。
パウダーも裏山もコーデュロイもパークもいっぱい滑った、それも全部ホームの立山山麓で。
そして、友達の輪がどんどんと広がっていった。なぜか雪の上でギターも弾かせてもらった。裏山を歩いてたらこのブログの読者さんに声をかけていただいたりして、実りあるホワイトシーズンになった。みんなに感謝。