2018年1月17日水曜日

瀬戸蔵山と大品山

1月14日(日)の話。
この数日前から里でたくさんの雪が降り、交通機関がマヒしたところもあるけど、意外に山の方は降雪が少なかった。13日午後からようやく吹雪となり14日のパウダーに期待が高まった。
14日朝一、メンバーが集まり8人でスタートした。天気や降雪量、雪質を考えるとThe DAY間違いなしの状況。目指すは瀬戸蔵山稜線。
ラッセルが深いので体力消耗するまえに、最初の小高い丘からのドロップを選択。
2段ほど落として最高の雪を味わい、登り返し。あきらがシールトラブルで遅れてそのまま帰還。稜線でいっさんに合流して差し引き8人と数字は変わらず。


選択肢としてこのまま瀬戸蔵山で遊ぶか?それとも大品山までの周回コースを選ぶか?でメンバーで協議。積雪期の大品山経験者は2人で記憶が新しいのはオレだけで他メンバーは行ったことがないので、天気と飲物食料も十分と判断して大品山を選択した。
さすがに稜線を歩くのは気持ちがいい。稜線をゆっくりと歩いて14時前にドロップポイント到着。休憩を取ってから最高のパウダーを戴く、近年では最高と思えるラインを絶叫しながらのライドは皆ご満悦となる。

そのあとゴルジュ帯に入り、ひとつめの事件が起きる。
沢の雪付きが良くなくてルート工作が難しい。目の前に貯水池が見えてるが遠く感じる。
慎重にルート選びながら前進したけど渡渉で谷側に体が落ちて自力での脱出困難となる、そのままの体勢でホールに落ちれば生きて帰れない確率がかなり高かった(まじ)。幸い、近くに川崎君が居たんで彼にいろいろ無理言って助けてもらった。救助する側もひとつ間違うとかなり危険なため、ひとつひとつの動作が慎重かつ正確さが求められる厳しい救助だったと思う。川崎君が危険に身をさらしながらも良く頑張ってくれたおかげでなんとか脱出できた。ザイルが無かったのが反省点として残る。

渡渉が難しいので高巻きルートを選ぶしかなかった。この段階でシールがトラブったが、なんとかするしかなかった。ひたすら深い雪の中をラッセルして夏道登山道の尾根を目指した。途中、同じ目に遭ってる2人と遭遇した。日没までにはまだ時間はあったもののかなり大きなプレッシャーがあった。ルート工作に1時間強を余儀なくされたけど、なんとか主尾根に取り付けた。あわすのスキー場トップに着いたのが16時30分。17時前にらいちょうバレーに到着。みな安堵の表情。
メンバーの頑張りと体力には感謝である、そして川崎君にはホント感謝である。
そしてオレ自身は猛省しなければならない。

備忘録として
同行メンバー 川崎、石倉、米田、石塚、市村、堀田、ちずる、瀬山(途中離脱)オレ。
不足した装備、ザイルと直近の情報。
反省点として予定外の行動は慎むべき。


2018年1月9日火曜日

2018

あけましておめでとうございます。
新年早々から活発に動きすぎて体調崩し気味です。
1月5日と6日にドローンの講習会に参加してきました。
ラジコン経験も含めゲーム機のコントローラーすら触ったことのないオレが果たしてドローンを飛ばせるだろうかと不安でしたが、手厚い指導のもと、なんとか飛ばせるようになりました。さらには航空法の勉強や気象学、カメラ操作などなどたくさんの勉強をしてきました。このあと、申請書類を作成提出して認可が下りれば、ドローンの合法的操縦者となれる次第です。が、この申請書類が全然わからんのです。さらには法改正が都度、改正されててこの業界は大変そうです。


2017年12月31日日曜日

水の如し、水は遥か

と或る日、スノーボーダー(テレマークスキーヤーでもある)のカズと深雪を滑ってたら、カズがオレの滑りを「ケーキをカットする様に滑らかにディープパウダーを切り裂く」とフェイスブック上で表現してくれた。半分以上は先輩を立ててくれた「よいしょ」としても嬉しい響きの言葉だった。
そんな言葉に踊らされて、あくる日、ひとりで細い板に革靴といった出で立ちで緩斜面を滑って、ふと気付いたことがある。清流をしなやかに方向を変えながら流れていく水のように滑ってみたいと。
「上善如水」老子の言葉を思い出すも、謙虚さもなく出しゃばりなオレには縁遠い言葉だ。でも水を「柔弱」と表現する老子の気持ちがほんの少しだけわかったような気がした。
ケーキをカットするのは水ではないが、ナイフさばきもまた「柔弱」さが求められてることに気付いた。カズの奥の深い語彙力(ボキャブラリー)に感謝です。
遊びも生活も仕事もすべて「柔弱」を求めて、その遠い向こうには「上善如水」見据えていこうと思う。
「水の如し、水は遥か」ではあるが、、、。

2017年12月25日月曜日

スノー・シーズン・イン

長年愛用していたBD社のセントイライアスが先シーズン寿命をまっとうした。原因はソール剥離で修理不能とのこと。これには結構落ち込んだ。代替品を探すも古いモデルゆえに難しく、なんなく諦めた。革靴で滑るのには最高のプロポーションで上から80/60/70。大会では満足のいく結果を残してくれたりして、良く働いてくれた相棒だった。
初めてテレマークスキーを買ったのが95/96シーズン(チロルさん)。それから2シーズン使用したと記憶。ものはBD社のエクリプス。そのスキーがマンゾクさんに預けたままになっていたんで、引っ張り出してみるとまだ使える感じだった。チューンを施してもらって、ビンディングをセントイライアスから移植。プロポーションはウェストが62mmと少し太くなるのと、長さが195cmと11cmも長くなる。操作性が気になるけどなんとかするしかないだろう。
そして21シーズンぶりの再デビューとなる。場所は人口降雪機のある開田高原マイアスキー場。細板革靴にはちょっと厳しいところ。
結果は写真の通り。GLIDE感抜群で最高な奇跡の復活を遂げた古くて新しい相棒。オレがスキーキャリアをまっとうするまで板と靴が壊れないことを切に願う。

復活に携わってくれたT君とK君、ありがとう。写真を撮ってくれたさんちゃんにも感謝です。


2017年12月11日月曜日

砂田弓弦トークショー&パーティー

去年の6月にふらっと砂田さんちの前を自転車で通ったら、上半身裸でふすまを運んでいるところに遭遇(笑)。その時に「トークライブをやるにはギャラって幾ら位かかりますか?」のちょっと生臭い言葉から全てが始まった。そして今年1月に具体的なことがスタートした。この時点ではまだ手探り状態で全然先が見えてなかった。簡単に知り合いだけを集めてやるのは以前にもやったことあったんで、他の人たちにも是非と思い、ひとまわり枠を広げることにした。
日程調整は12月10日と決定。その後、開催場所もいくつかあたってみた。最終的にはオリーブオイルキッチンと決定したのが3月末のこと。契約金を払い、自分自身の腹をくくった。そしてフェイスブックページやフライヤーの原稿の製作に必要な写真を砂田さんに提供してもらって準備に取り掛かった。フェイスブックは試験運用もしたかったのでフライング気味にスタートさせた。フライヤーは印刷会社との交渉もあり慌ただしく時間が過ぎていった。刷り上がりが届いたのが開催日の半年前。2000部を2週間ほどかけて富山県内と石川県(富山よりな地域)の自転車屋さんに足を運んだ。どこのお店も快く置いていただけた。
最初のスタートダッシュで30名ほどから参加表明をいただいたけど、夏の期間はほぼ停滞した。さらにフェイスブックで操作ミスにより大事なコメントを削除したりして、多大なご迷惑をかけました。

フライヤーを少し増刷して県内で行われるロードレースにも足を運んでPR活動をしたけど、反応はイマイチ。重く澱んだ空気感が自分の中にあった。
ピークスコーチングジャパンの中田尚志さんから参加表明をいただいた後、いろいろとアドバイスをしてもらってYahooのチケット販売のサイトを立ち上げた。そしたら少しづつではあるけどレスポンスが良くなった。おかげで勇気づけられました。

ヨーロッパのレースシーズンが終わり、砂田さんが帰国されてから打ち合わせに伺うと、いろいろとプレゼントが用意されていた。これにはかなり加速感を感じました。フェイスブックでプレゼントを紹介すると「いいね!」がかなり増えてきました。
最終的には50名に参加してもらえることになりました。100名規模を目指してたんですが、自分の力及ばずで残念結果になりました。それと言うのもシクロクロスの全日本選手権とバッティングが敗因の一つでしょう。こればかりは仕方がないのであまり言及はしませんが。
それでも砂田さんに快く引き受けてもらえました。

本番10日前に機材の動作確認をしたんですが、うまくいかず改善点を3日で補正して、再度、確認作業となり砂田さんには大変迷惑をかけてしまいました。

でも、その甲斐あって本番はほぼ完璧な状態で迎えられました。
本番に関しての砂田さんの感想はまだもらえてないのですが、参加人数が少なかった分、シークレットライブ的ないい感じで終われたのではないかと自分は思ってます。

 自分の力不足が参加された方々に幸福をもたらして、プレゼントは全員に行き渡りました(笑)これでいいんでしょうか。
採算上は少々失敗してますが、イベントの中身が濃くなった分、大成功と言えると思います。
これも参加された方、都合がつかずあえなく断念された方、フェイスブックに「いいね!」をしてくれた人たちのおかげだと思っております。皆さん本当にありがとうございました。

後日談ではありますが、一番お力添えをしてくださったピークスコーチングジャパンの中田さんがシクロクロスの全日本選手権参加のため当イベントに参加出来なくなったと連絡があり愕然としました。でも中田さんがコーチされてる選手が優勝されたとの報告もあり、みんなプロの仕事をしてるんだなって感心しました。実はイベント前日に富山入りされてて、ふたりでこっそり食事に行ったことを白状してこの投稿を閉じたいと思います。








2017年12月6日水曜日

ちょっとバタバタしてます

師走です。ちょっとバタバタしてます。
今週末に自転車系イベントを開催する主催者なんで結構大変です。
思ったより人が集まらなくて悪戦苦闘してますが、それも含めて楽しくやってます。
おかげさまで、いろいろといい勉強ができて次に繋がるかなと思ってます。
https://www.facebook.com/yuzurusunadatalkshow/notifications/?ref=admin_hovercard
そのリハーサル風景です。
仕事も比較的大きなリノベーション工事をしてて、こちらも大変ですが楽しくやってます。
その分、メチャクチャ腹が減ります。だから食べます。久々の東華園の麻婆なす焼き麺です。美味しかった。これだけ食べても満腹感はあまり得られません(笑)もしかして、病気かオレ??

2017年11月25日土曜日

1978年

バンドに一番夢中になってた頃、ドラムのY君に誘われて出たのがKAKI  FESTIVAL。
その時初めてみたKAKIの家具、そしてその家具を使って暮らす柿谷さん3兄弟はかっこ良かった。将来、こんな家具と生活してみたいと思ったのが今の始まりと言えよう。ただ正直に言うと自分の稼ぎで買えるような値段でもなかった。でも、ここが人生のターニングポイントになったと思う。
それから、年に一二度のペースで遊び行ってたけど、ただ憧れるばかりで購入まではまだほど遠い。それでもいろいろな刺激をもらえて楽しかった。

13年後の1991年、結婚を機に100万円分の家具を買おうと決意。清水の舞台から飛び降りる心境であった(清水寺には行ったことがないけど(笑))
KAKIさんに100万円の予算で何が買えるかと相談に行くと、逆に誠さんに何が欲しいと聞かれた。欲しいものを順番に、それも遠慮なくズケズケと並べた。その時点で予算は超えてたと思うけど、誠さんが一言「いいよ」って。年に一二度通ってた心意気を買ってくれたんだなって思った。ホームカウンター、グラスラック、カウンターチェア2脚、ダイニングチェア2脚、デスクワーク2台、鏡を全てカスタムサイズで作ってもらえた。このカスタムサイズを算出してくれたのが正さんでした。このサイズ感が間違ってたら住みにくい家(部屋)になってたはず。正さんのサイズ感はバッチリと決まって不便さを感じたことが一度もない。

ありがたいことに、KAKIさんところのペンキ塗りをさせてもらったりしてます。
 バックボードやギタースタンド、譜面台は清さんに相談して作ってもらいました。
一つ一つ丁寧な作り込みで見てるだけでうっとりします。
譜面台なんて特に贅沢です。

 3年前にようやくリビングテーブルが我が家にやってまいりました。
結婚以来24年もセンターテーブルがなかったのです。これも不思議ではありますが。
幅奥行き高さはこちらからの注文ですが中棚や引出しのサイズ感は清さんにお任せしました。有るようで無い大きさのテーブル、高めのセットがソファに座りながら物が書けたりして便利でかっこもいいです。
これが設置された頃に正さんの病気がわかったそうです。
そして3年後にお亡くなりになりました。

ここまでは家具のことばかり並べてきましたが、柿谷さんご兄弟からたくさんのことを学ばせてもらいました。それは仕事だったり、生き方だったり、趣味のスキーや音楽、オートバイ、水泳、トライアスロンなど。自分の生きる術を全て教えてもらったと言っても過言ではないです。良き先輩に恵まれたことは幸せです。
KAKIさんの家具を使ってると「お金持ちですか?」とよく言われますが、そんなことはなく、一般庶民です。だから背伸びしてます。でも心が豊かになるんです。
来年、KAKIさんとお付き合いが始まって40年になります。家にある家具の数々は100年以上使えると思います。自分がこの世から居なくなったら、誰か使ってくれるでしょう。