2022年5月6日金曜日

オモテデモナクウラデモナクヨコ

 世の中には表と裏がある。それは硬貨など形があるもの、また本音と建前のように形のないもの。その他いろいろ。

例えばコピー紙に裏表があるけど、その側面を見ることはまずない。そのコピー紙の側面は字も書けないしなにも見えない、でもそのなんとなく見た瞬間のカーブしてる曲線の美しさだったりいびつさががヒントになることが良くある。嘘みたいな本当の話ね。

言葉として「その側面を捉える」とかよく使われるけども、実際には側面を捉えるのではなく「表側」「裏側」の「側」を見てるだけの体裁のいい言葉として使われてるような気がする。

このブログで過去に音楽的な意味で「サイドマン」の記事を書いたことがある。実際にこのサイドマン達の仕事のほとんどはメインの演奏を支えるバッキングをしている。「バッキング」と書けば完全な裏側である。しかし優秀なバッキングが出来るプレイヤーだけがサイドマンと呼ばれる人になれると信じてやまない。横にいると表裏同時に見えてるから、この立ち位置を利用して表側が薄くなったら、そっちに加勢して、厚くなる前にシレッと裏側に戻ってバランスを取る。

音楽的なサイドマンではないけど、知り合いにサイドマンって呼びたくなる人が数人いるんです。そして彼ら彼女たちのサイドマン的なところをさらにサイドから見るともっと素敵なんです。

ちょっとひねくれてる見方だけど、いろいろなものの見え方が違ってくる。この感じが今の自分に丁度いいのだ。だからスポーツも音楽もアートも横からのアプローチが楽しい。まだほんの一部しか見えてないから、この先のことを考えるとすごく楽しい。違った意味での「下手の横好き」ではあるが(笑)

「オモテデモナクウラデモナクヨコ」こう書くと、おまじないにしか見えない(笑)




2022年2月3日木曜日

奏でるスキー

 今冬はスキーに没頭している。雪がいっぱい仕事が暇、条件揃いすぎ(笑)

60歳も過ぎると結構キツいこともあるけど、ま、なんとか出来ている。


若い頃ブルースギターに傾倒してて、曲のkeyだけを決めれば、あとは自由気ままにアドリブプレイをするわけで、でも自分のワンパターンさにガックリくることあれば、新しいフレーズを見つけて歓喜することもある。後者は圧倒的に少ないけど(汗)


テレマークスキーの自由な感覚がブルースやジャズのセッションに近いと思う。kyeがその時与えられたスロープやゲレンデだとすれば、滑る道具はギターだったりベースやピアノなのかな?好きな楽器(スキー道具)で時にはセンターでプレイしたり、サイドで超かっこいいバッキングフレーズ奏でる。ただ皆んなが、同じフレーズやアドリブを弾くこと、それは一番つまらないことでもある。カッコいいアドリブもあればいまいちピンとこないものある、そんな感覚を大事にしながら滑りたいものだ。


昔はゲレンデに綺麗なシュプール描くことが好きだったけど、今は自由を奏でながら滑りたい。シュプールはその残響音みたいな感覚になってきたかな。


この年齢までスキーができてることに感謝しかない。



2021年12月2日木曜日

1970

 11月はブログを更新できなかった。

1970年大阪で万博が開催された。小学5年の時だった。家族で見に行ったのは鮮明に覚えている。万博の象徴の「太陽の塔」を見て初めて岡本太郎の名を知る。芸術家として初めて覚えた名前だったと思う。その頃、アートの世界に全く興味がなかった。ちょっと興味が出たのは中学生になってローリングストーンズの'71発売のスティッキー・フィンガーズのジャケットデザインをしたアンディ・ウォーホルを知ってからのこと。

岡本太郎に関する著書を読んだこともないし、彼のことは詳しくはわからないけど、惹かれ魅せられる人だ。昔、なにかの記事で彼が46歳からスキーを始めたことを知る。それがすごく嬉しかった。

去年からアートまがいのことをやり始めた。悪戦苦闘と試行錯誤しながらも楽しい時間を過ごせてたけど、ふと岡本太郎のことを思い出してネットでいろいろ調べてたら、いろいろな作品を見てるうちに彼特有の線の描写に心を奪われた。さっそくその線を真似てみたけど、かなり掛け離れたものにしかならない。そんなことを繰り返しているうちに、一枚の写真が目に入った。それが上半身裸のパンツ一丁で手にはパレットナイフを握り締めスキー滑走のアンギュレーション(外向傾)を取ってる、この写真を撮った時はかなりスキーにのめり込んでたんだろうと、その気持ちまでが伝わってくる、いい写真だった。


今年1月の大雪のとき、その写真をモチーフに絵具を流し込んでみた。流体アートは一発勝負、なかなか納得のいくものにはならないけど、なぜかそのときはうまくいった。その後、幾度も樹脂モルタル塗り込み色付けをして枠を造作、そこにエポキシ材を流し込んで72時間。外枠を解体して縁を処理してようやく完成したのが7月だった(笑)








この絵のタイトル「46歳からスキーを始めた太郎へ」

自分の原点が1970年にあったことがわかっただけでも嬉しい。ありがとう太郎。



2021年10月23日土曜日

サイドマン

10月14日、HOTEI 40th Anniversary ~Double Fantasy Tour~ "BLACK or WHITE ?"  金沢本多の森ホール。実はこのライブは2DAY'Sで完結、7月の予約抽選時に1日目のBLACKだけに申し込んだ。なんせ2日分申し込むと相方分のチケット代金、手数料やらを含めるとほぼ5万円、こりゃ無理だわ。抽選は当たって2枚分をクレジット決済。7年前のローリングストーンズのライブにいきなりゲスト出演した時以来でソロライブは初めて。7年前の記事はこちら

会場はコロナ対策もあり、席はひとつ間隔。指定された席はミキシングコンソールの真横で音響的にも視覚的にもバッチリ。席間が広いからカラダを動かしやすい(笑)後部座席はまだ空席がある状態だった。公表されてるセットリストを見て解ってても、始まるや否やテンションマックス、これは予想以上やった。演奏が進むにつれ、目と耳を奪われたのは意外にも、もう一人のギタリストだった。黒田晃年、この時初めて知った。布袋自身MCでも言ってたけど、布袋の弾くカッティングやメロディの隙間をジャストのタイミングで埋めていくのが最高に痺れた。ホント最高のサイドマンである。久しぶりのギターロックはほぼ2時間で終演。なんか急に2日目WHITE も見たくなったぞ。当日券もあるとアナウンスしてるではないか、翌日の仕事次第だけど、観れるチャンスはありそうだ。

興奮冷めやらぬ10月15日、朝から仕事をせっせと終わらせて、webで当日券を予約して金沢へGO! セットリストを見るには2日目WHITEの方が知ってる曲が多いのも興味津々。さらには最高のサイドマン黒田晃年から目が離せないし、、、。当日券でも音響も視覚もバッチリな席だった。当たり前だけど、始まる前からテンションあげあげ。最初の3曲でほぼノックアウト状態(笑)中間のアコースティックタイムの後、お目当ての「POISON」。その間奏ソロの前半部をサイドマン黒田が弾いたのにはビックリで布袋の粋な計らいに感謝だ、魂の音が伝わるぶったまげるソロだった。

大興奮冷めやらぬ翌日、ネットで黒田晃年を調べてみた。まだWikipediaには記事がなかったけど、かなりの仕事っぷりのギタリストだとわかった。ソロアルバムも数枚出しててビックリ。今まで知らなかったのはかなり損した感じ。そして言えることは相当なギター馬鹿ってことだ。布袋がMCでも言ってたけど札幌での布袋ライブを観に行った黒田が感動して、そこからギターを始めて布袋のサイドマンを目指したと言う逸話が凄すぎるのだ。最初からサイドマンという立ち位置を選択する、まだ43歳(たぶん)これからが楽しみすぎるギタリストを知れたのは大きな収穫だった。サイドマンにここまで痺れるのも稀なこと。優秀なサイドマンは大好きだ。もしオレが中坊時代に布袋寅泰を観てたら、同じようにサイドマンを目指して頑張ったかも知れないな、結果は付いて来なかっただろうけど(笑)それだけギター小僧達を魅了する兄貴布袋寅泰なのだ。ソリッドなロック・スピリッツは最高だな。



2021年10月12日火曜日

自転車、新しい扉

 所属してる自転車チームを休会して2年目になる。去年はほぼ一人で走っていたけど、今年はなぜか大勢で走る機会が多い。それもほとんどが友達なんだけど一緒に自転車に乗るのは初めて。ソフトなライドもあれば、ハードライドもある。ロードバイクはたったの1回、あとはシングル。そして 7月末にグラベルロードのシングルを買ってからはどっぷりグラベルライドにハマっている(笑)そして毎日のように自転車関係の動画を見て、新しい知識を勉強している。そう!浦島太郎になってることに愕然とする。そんなこんなでサイクリング、サーフィン、ウクレレとライフワークが楽しすぎるのである。付き合ってくれたみんなありがとね。















2021年9月9日木曜日

ストーンズとオレ

ローリング・ストーンズのチャーリー・ワッツの訃報を聞いてから、自分の持ってるライブラリーのストーンズを全曲ランダム再生(重複曲も多い)で聴いた。チャーリーの仕事ぶりを堪能しながら、仕事現場への往復、サーフィンやちょっとしたお出かけの車の中、全部聴くのに12日間もかかった。さらに買いそびれてたアルバムも追加購入した。今さらながらストーンズの曲に痺れまくった12日間だった。

同級生の姉貴の影響でストーンズを初めて聴いたのは中学1年の1972年。もうその時にはブライアン・ジョーンズ('69年没)はもはや他界してた。その頃、音楽雑誌なんかでみるストーンズは病的(薬物実験的な)にも映ってた。その雑誌を見ながら子供心にキース・リチャーズは長生きしないだろうと、勝手に思い込んでた(笑)それよりもメンバー全員(ビル・ワイマン除く)が今に至るまで演奏活動をしてるなんて夢にも思ってなかった。もうすでにビートルズは解散してたし、ストーンズも解散するんだろうなって思ってたけど、良い意味で裏切られた。

学校の帰り道、市立図書館の音楽資料室で聴くのはクラプトンやクリームやビートルズやストーンズが定石となっていた。書き出せばキリがないがデッカ・ロンドン時代の'68「べガーズ・バンケット」'69「レット・イット・ブリード」はたまらなく好きだ。'71「スティッキー・フィンガーズ」も大好きだ。このアルバムのおかげでアンディ・ウォーホルを知った。ホント、キリがないのでアルバムの話はやめておこう(泣)

「レット・イット・ブリード」はブライアンにとっては最後の仕事、ミック・テイラーは初めての仕事、変革期を象徴するアルバムになっている。しかしながらミック・テイラーの加入でキース・リチャーズの刺々しい感じが薄れた気がするんだね。'75、テイラー脱退後にロン・ウッドが加入。ビル・ワイマンは'91に脱退している。ビルはストーンズのメンバーでありながら、批判的な立場だったので正直好きにはなれなかった。長い歴史の中でオレ的に好きなメンバーになったのは'91年以降なんだ。

来日は6回してるが4回しか観れてない。'90はチケット取れず'95は申し込みを忘れてた。

'98『ブリッジズ・トゥ・バビロン』東京ドーム  '03『フォーティ・リックス』東京ドーム '06『ア・ビガー・バン』名古屋ドーム     '14『GRRR!』東京ドーム  どれもが最高だった。特に印象深いのが'03だ。センターステージの前から10列目のど真ん中、興奮しまくった。

一番強烈だったのが中坊時代に聴いた「ホンキー・トンク・ウィメン」のイントロのギターリフだ。聴くたびに血液の温度が上がる感じだった。このリフにもいろいろ逸話があるんだけどね、、、このリフを弾きたいがためにストーンズのコピーバンドをやってたのは否めない(笑)

まだまだ書きたいことがいっぱいあるが、最後にチャーリーのことを書き留めておこう。

一番好きなドラマーは誰?と聞かれると間違いなくチャーリー・ワッツと返答する。彼はジャズを叩くこともしばしあるんで、左手がレギュラーグリップ。ロック・ドラマーとしては少数派。それでもインパクトが強いからビート感が半端ないのだ。もう一つの特徴が8ビートの右手ハイハットの3打目と7打目を叩かない。スネアドラムを強調するためなんだろうか、左手でスネアを叩く時は右手が止まっている。このドラミングこそがストーンズのグルーヴなんだと。初めて彼の叩く姿を映像で観た時、一瞬映像が止まったように見えて、ビデオテープの質を疑った(笑)

チャーリよ、安らかに。オレが聴き始めて50年近く、ありがと。

2021年8月5日木曜日

 最近、お気に入りのサーフボードは所有してる板ではなく、藤樫君から時たま借りたラリー・メイビルの7'11" これがめちゃ調子いい。時々、サーフ仲間の板を試乗させてもらうけど、いつも思うのは『やっぱ、自分のが一番』と思うがコレはそうじゃなかった。あくる日も貸してもらった、そしてあくる日も(笑)このまま借りパクしてやろうかと邪な気持ちになる(爆)

そんな中、藤樫君から能登の先端にある珠州のサーフポイントへのプチトリップの誘いがあった。行ったことがなかったから、以前からすごく行きたかったポイント。ようやくタイミングもあったので連れてってもらった。それもお迎え付きのVIP対応(笑)
道中のお喋りも楽しくてホントいいヤツだ。
早朝の能登の朝焼けが綺麗だった、ポイントが近づくにつれオレの高揚感も日の出な感じ。
キレイな波が割れてた、サイズはマックスで胸くらいか、、、先行者が二人、いいライドをしていた。初めてのポイントなのでいつもより時間をかけて観察&アドバイスを聞く。

1ラウンド目は自前のボンザーで入水。パドルアウトしてローカルさんにご挨拶、コレ大事。そしたらいろいろと教えてもらえた。
久しぶりのボンザーはちょっと動きすぎな感じだけど、すぐに慣れた。
最初の30分くらいはナイスな波だった。その後、少し人が増えてローテーションが厳しくなったけど、それでも楽しくサーフィンができた。
ローカルさんのパドリングや動き出しの速さは流石だった。
2ラウンド目は写真右の藤樫君のアンドリューの板を借りた。この板もすごく良かった。
この日の波はこの板がベストマッチかな。ラウンドの途中で例のラリー・メイビルとチェンジした。この頃から若干サイズも潮も下がり始めた。そして水が柔らかくなった。
3ラウンド目は引き続きラリー・メイビル。
太陽も高くなり、ライド中の自分の影が海底に映る。コレはめちゃくちゃ気持ち良かった。
サンド&リーフのミックスだから、怖さもあるけど気持ち良さが勝った。

ラスト1本と決めて乗った波は思ったラインを描けず。
心惜しかったから欲を出して、も1本。ラストにはふさわしい波をゲット。気持ちよくライドしたら、最後の最後にロータイドの露岩、岩の上をライドした。当然、板は壊れる(反省)

陸に上がってきた藤樫君に報告したら、許してくれたけど、なんか心苦しい。
怪我をしなかったのが何よりと、心の広い言葉をかけてくれたは嬉しかった。

帰路は話が弾みいつも訪れる睡魔君はやって来ず、富山まで快適なドライブだった。
初ポイント、初の藤樫君とプチトリップ、初岩上ライド(笑)
なにからなにまで段取りしてくれた藤樫、ありがと。

いろいろあったけど心に残るサーフトリップとなった。
コレを書いてる今も余韻に浸っている。

PS、ラリー・メイビルの板は、近くマイボードになる予定(笑)