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2023年9月6日水曜日

夏、夏、夏

 今年の夏は暑かったし熱かった。

そして予想外に遊んだ。

7月22〜23日は去年から参加してる’白馬OMM’がちょうど梅雨が明けて熱い夏が始まった。

両日とも突き刺すような日差しで夏男全開日焼け全開となった(笑)

リザルトはともかく、日頃のインプットをしっかりアウトプット出来たので満足な結果だったかな。

鳴尾、石倉カズ、タロー、八幡夫妻に感謝!

我が家の懸案だった東北旅行。2泊3日(8月2日〜4日読売旅行)で’青森ねぶた祭り’’秋田竿燈祭り’’中尊寺’’仙台青葉城址’などなど。こちらは今後のためのインプットがほぼ満充電できた。





間近で見る’青森ねぶた祭り’は想像以上に圧倒されて見てる途中に泣けてきた、ホント凄かった。






富山にいると普段の生活から’秋田竿燈祭り’の情報を得ることは少ない。なのでなんの知識ももたず観覧することに。始まるとすぐに絶叫してた(笑)’青森ねぶた祭り’とはまた違う感動を得た。






’中尊寺’’仙台青葉城址’は滞りなく観光。東北は涼しいのかな思ってたけど、狂うよな暑さだった(笑)










2016年からやってる夏の男旅。8月13日〜15日(幹事ヨネちゃん)

今年は京丹後方面へ。台風7号の動きを気にしながら予定を現地で変更しながらのサイクリングとなった。初日は丹後由良まで車移動後、由良川を遡上して対岸を帰ってくる60kmコース。


コース途中に元伊勢内宮外宮をみつけて立ち寄ることに。ここで近畿五芒星を詳しく知ることになって、夏の男旅の大義が見えた。始めてから7年も経ってのこと(笑)




暑さ以外は走りやすかった。最後はたったひと駅の区間を電車ではなく汽車に乗った。これはなんかロックな感じだった。


2日目は3日目のコース(丹後半島一周90km)を前倒しして、風の影響を考慮して半時計回りを選択。この日は天橋立プレスタート、元伊勢籠神社でお参りしてリアルスタート、舟屋のある伊根までは快適なフラット道路。伊根からは交通量の少ない海岸線を走るも、半島や小島にあるある激坂なアップダウンと暑さに苦しめられた。経が岬からはアップダウンもゆるくなって気持ちよく走れた。海岸線を離れ一路、与謝野町経由して天橋立まで。




3日目は台風接近で予定をキャンセルして速攻帰路に着いた、ギリセーフな感じ。


梅雨が明けてから猛暑日が過去最高を記録したと報道されてる。


8月27日 近くにある未体験ゾーン、南砺市福野で開催されてるスキヤキ・ミーツ・ザ ・ワールド。1991年に始まったのは知ってたんだけどね。なぜか足を運ばなかったと今頃反省(泣)

行くきっかけを作ってくれた、藤樫とゆかりちゃんに感謝。

最終日を朝一からファイナルまで丸一日を観覧。会場や各ブースはすごいエネルギーに満ちていた。ヘリオスステージでは音圧に圧倒された。音楽の持つ力の偉大さを遥かに超えた発見だった。スキヤキ・スティール・オーケストラの一員のゆかりちゃんはカッコ良かったし素晴らしい演奏やった。市民楽団には見えないスキヤキ・スティール・オーケストラ素敵でした。民謡クルセイダーズは始めて見たけど、こちらも感動した。来年も行こ。石倉カズ、なおちゃん、清水、あやのちゃんありがとね。






大好きな海にも何回か行けた、日本国籍剥奪されるくらい日焼けした(笑



そして今年の夏のメインイベントの’スーパーブルームーン’がオレの夏と64歳の誕生日を締めくくってくれた。


 

みんなありがと!


2023年1月31日火曜日

あえて、誠

 最近、国内外のビッグアーティストが天国へのドアを開けて向こう側に召されてる。書きたいことはいっぱいある。特には高橋幸宏なんだけど、あえて、鮎川誠について書こう。

中学を卒業して高校に入学、そして2ヶ月たらずで退学。退学したあとはなにも目標がなくただ漠然と彷徨ってた。1日がとても長く退屈だった。父親の同業者の愛知県豊川市の知人宅に奉公人として預けられた。仕事はすれど、なにも面白いことがなかった。そんな時、FMラジオからサンハウスと言う、強烈なギターとボーカルが聴こえてきた。デビューアルバム「有頂天」の販売促進の営業オンエアだった。間借人なのでオーディオ機器もなく、小型のラジカセだけが耳を潤してくれてた。名古屋のどこかのデパートのサテライトスタジオで収録されたサンハウスの演奏がオンエアされるとをラジオが言ってた。それを忘れずにエアチェックしてカセットテープに録音することができた。ローリングストーンズは中学生時代にかなり聴いてたんで、鮎川誠のギターリフがキース・リチャーズを彷彿するかのように聴こえてたのを今でも覚えてる。面白くない人生が少し動いた瞬間でもあった。

時は一気に飛び越え2014年3月8日、場所は東京ドーム。ローリングストーンズのライブ。それにいきなりゲスト出演したのが布袋寅泰。もちろん布袋もすごい。だけど、ローリングストーンズを愛してやまないギターリストと言えば鮎川誠だ。布袋ほどにワールドワイドな活動をしていれば、もしやの共演もあったかも知れないと、その時思った。

そんな鮎川誠を悼むとしよう。



2022年11月5日土曜日

Blue Moon

 天文学的なことは全くわからない。サーフィンをしてるから月は意識するけど、どちらかと言うと月の満ち欠けによる潮の満ち引きが気になるくらいで、、、。

中秋の名月や十五夜お月様、スーパームーン/ピンクムーン/ブルームーン 名前は知ってるけど、定義なるものをよく知らない。で、いろいろ調べてると面白いことに気づいた。ブルームーンって同じ月に満月が二度ある二度目の満月を「ブルームーン」って言うらしく、昔は二至二分(夏至冬至春分秋分)各季節に稀に四度満月がある場合の三度目がブルームーンって言ってたらしい。で、実際は青く見えない(空気中の塵や埃に影響して月が青く見えることもあるらしいけど、それをブルームーンとは言わない)ピンクムーンは名前の通りピンクっぽく見えるけど。

ブルームーンが見れるのは50年で約24回ほど、だから2年に1回程度の確率なんだって。満月から満月までのサイクルが29,5-----日だから2月にはブルームーンがほぼないってことがわかる。逆に31日ある月は可能性が高いのか、、、。ブルームーンに関しては国や宗教で考え方も違うけど、わりと良い捉え方のほうが多い。めったにないことだからね、願い事が叶うって捉えてるのがもっともポピュラーかな。

来年2023年に見れるブルームーンは8月31日オレの誕生日だって、なんか嬉しいじゃないか。それもスーパームーンと同時らしい。いまから願い事を考えとこ(笑)これを見逃すと2026年までないらしく、その次が2029年だとさ。

前置きはここまで。調べてるうちに無性にブルームーンの絵を描きたくなったから、オレなりの解釈とタッチで描いてみた。これで毎日願いが叶うかも(笑)


あと、潮の満ち引きを題材にしたものとピンクムーンも描いてみた。



誰が唄う「Blue Moon」を聴こうかな。

2021年9月9日木曜日

ストーンズとオレ

ローリング・ストーンズのチャーリー・ワッツの訃報を聞いてから、自分の持ってるライブラリーのストーンズを全曲ランダム再生(重複曲も多い)で聴いた。チャーリーの仕事ぶりを堪能しながら、仕事現場への往復、サーフィンやちょっとしたお出かけの車の中、全部聴くのに12日間もかかった。さらに買いそびれてたアルバムも追加購入した。今さらながらストーンズの曲に痺れまくった12日間だった。

同級生の姉貴の影響でストーンズを初めて聴いたのは中学1年の1972年。もうその時にはブライアン・ジョーンズ('69年没)はもはや他界してた。その頃、音楽雑誌なんかでみるストーンズは病的(薬物実験的な)にも映ってた。その雑誌を見ながら子供心にキース・リチャーズは長生きしないだろうと、勝手に思い込んでた(笑)それよりもメンバー全員(ビル・ワイマン除く)が今に至るまで演奏活動をしてるなんて夢にも思ってなかった。もうすでにビートルズは解散してたし、ストーンズも解散するんだろうなって思ってたけど、良い意味で裏切られた。

学校の帰り道、市立図書館の音楽資料室で聴くのはクラプトンやクリームやビートルズやストーンズが定石となっていた。書き出せばキリがないがデッカ・ロンドン時代の'68「べガーズ・バンケット」'69「レット・イット・ブリード」はたまらなく好きだ。'71「スティッキー・フィンガーズ」も大好きだ。このアルバムのおかげでアンディ・ウォーホルを知った。ホント、キリがないのでアルバムの話はやめておこう(泣)

「レット・イット・ブリード」はブライアンにとっては最後の仕事、ミック・テイラーは初めての仕事、変革期を象徴するアルバムになっている。しかしながらミック・テイラーの加入でキース・リチャーズの刺々しい感じが薄れた気がするんだね。'75、テイラー脱退後にロン・ウッドが加入。ビル・ワイマンは'91に脱退している。ビルはストーンズのメンバーでありながら、批判的な立場だったので正直好きにはなれなかった。長い歴史の中でオレ的に好きなメンバーになったのは'91年以降なんだ。

来日は6回してるが4回しか観れてない。'90はチケット取れず'95は申し込みを忘れてた。

'98『ブリッジズ・トゥ・バビロン』東京ドーム  '03『フォーティ・リックス』東京ドーム '06『ア・ビガー・バン』名古屋ドーム     '14『GRRR!』東京ドーム  どれもが最高だった。特に印象深いのが'03だ。センターステージの前から10列目のど真ん中、興奮しまくった。

一番強烈だったのが中坊時代に聴いた「ホンキー・トンク・ウィメン」のイントロのギターリフだ。聴くたびに血液の温度が上がる感じだった。このリフにもいろいろ逸話があるんだけどね、、、このリフを弾きたいがためにストーンズのコピーバンドをやってたのは否めない(笑)

まだまだ書きたいことがいっぱいあるが、最後にチャーリーのことを書き留めておこう。

一番好きなドラマーは誰?と聞かれると間違いなくチャーリー・ワッツと返答する。彼はジャズを叩くこともしばしあるんで、左手がレギュラーグリップ。ロック・ドラマーとしては少数派。それでもインパクトが強いからビート感が半端ないのだ。もう一つの特徴が8ビートの右手ハイハットの3打目と7打目を叩かない。スネアドラムを強調するためなんだろうか、左手でスネアを叩く時は右手が止まっている。このドラミングこそがストーンズのグルーヴなんだと。初めて彼の叩く姿を映像で観た時、一瞬映像が止まったように見えて、ビデオテープの質を疑った(笑)

チャーリよ、安らかに。オレが聴き始めて50年近く、ありがと。

2021年3月14日日曜日

ホワイトシーズン最後の話題

清流をしなやかに方向を変えながら流れていく水のように滑ってみたい」と前回の記事で書いた。

先日、あまりにも天気が良いのでふらっとスキー場に出かけたら、後輩のまさき君がオレと同じような道具立てで居た。一緒に滑ろうってなって、そしたら彼ご自慢のアクティブカメラが出てきて動画を撮ってくれるって言うから、ソコは遠慮なく撮ってもらうことにした。使用した板はつい最近、バンさんから譲り受けたセントイライアス191cmこの日が初乗り。184cmは所有してるので乗り味はなんとなくわかっていた。前記した赤白の板から見ればひとまわり太いから安定感は抜群。

さて、撮ってもらった動画が編集されて画質も最高品質でYouTubeにアップされた。すごく嬉しいね。細かいことは抜きでザクッと言うなら「清流をしなやかに方向を変えながら流れていく水のよう」に滑っているまずまずなグライド感にご満悦なオレである(笑)

サムネイルに使われた静止画。まさき君とスクランブルのタイミングとるのに一瞬振り向いた、このライディングポジションがオレ自身のグライドへの習熟度が感じられる。たぶんこれ以上上手くなることもないから、ここがほぼ到達点と言って良いと思う。そしてチャラさ全開な感じがさらにいい!この写真が他人だったら、ちゃんと前を向いて滑りなさいと言ってるだろう(笑)

携わってくれた、まさき君、水林君、バンさん、ありがとう!


2021年2月7日日曜日

スキー学校とオレ

正直言うと「自分のスキーがしたい」

振り返ると25歳の時から37シーズンも立山山麓スキー学校に世話になっている。
育ててもらったことには大変感謝している。本来ならば基礎スキーを習熟しなければならない環境なんだけど、それを中途半端に36歳でテレマークスキーを始めて、ちょっと違う路線を歩き始めた。最初はひんしゅくもんだったろなって。
それでも親方や周りのみんなに迷惑をかけながらも毎冬楽しく過ごさせてもらった。

いずれどこかでスキー学校とは線を引かなければと思ってた。
4シーズン前突然、親方が引退した。ここが潮時と思ったけども、もう少しだけ恩を返そうと思い3シーズンだけ奉仕するつもりだったが4シーズン目に突入。

子供達にスキーを教える根気も薄れたし、レッスン時の膝への負担が大きく、それも原因でフリーライドへの意欲が削がれてる。これをまだ続けるとなると、ほぼ自分のスキーは出来なくなることがわかる。スキー学校から得たものは計り知れない、逆にそれに見合う奉仕が出来たかと言うと自分では判断が出来ない。だけどスキー学校に骨を埋めるつもりはない。

モチベーションや膝が消耗しないうちに、スキー学校と距離を取りながらあと数シーズンだけフリーライド、特にパウダーライドを楽しませてもらいたいのが切なる願いである。


最高の相棒、ベクターグライドのジーニアスは相変わらず調子がいい。こんなジジイでも快楽の世界に一瞬で連れてってくれる。テックビンディンのためちょっと履きにくいのが難点。
その難点を埋めるのに中古のVOLKL ONEをグリップウオーク対応ビンディングで新規投入、それもマンゾクスポーツの久保くんに無理言っていろいろカスタマイズしてもらった。これが実に調子がよくて膝の負担は少ないが、財布の負担が増えた(笑)
本来ならパウダーライドの板は1本でいいと思うが、贅沢にも2本所有してる(笑)
今シーズン、この2本の合計使用時間はせいぜい8時間くらいしかない、そう考えるとコストパフォーマンスが悪すぎ(笑)


2019年12月31日火曜日

ありがとうございました。

今年最後の行事がまさかお葬式になるとは。
6年前に亡くなった親友のお母さんとのお別れだった。
息子に先立たれる2年前にはお父さんがお亡くなりになってるから、この8年間はお母さんにとって、最も辛い人生だったのに、そんな素振りは一切見せずにいつも気丈に振舞われてた。

今思うとお母さんの後押しもあったんだろう、親友の娘さんの結婚式でバージンロードを歩かせてもらった。子供の居ないオレにこんな素晴らしい経験をさせてもらったことに本当に感謝しかない。
一度だけ、お母さんを誘って立川志の輔の落語を観に行ったことがあった。その帰り道、二人で桜が散り始めた春の夜のいたち川沿いを歩いた。いい想い出をありがとう、そしてお疲れ様でした。
お母さん、空の上で秀明を抱きしめてあげてください。

ちょうど、竹内まりやの「いのちの歌」を聞きながらの大晦日の夜に記す。



2019年10月31日木曜日

ホントは夏に聴きたい

10月19日、富山県民会館に高中正義を観に、と言うかバックコーラスのAMZONSを観に、と言うかAMAZONSの大滝裕子を見たさに行ってきた。
あたりまえのことだけど、バックアップミュージシャンの構成が良くて、それだけでもしびれるくらい。ベース:岡沢章 ドラム:宮崎まさひろ パーカッション:斉藤ノブ コーラス:AMAZONS キーボード:井上薫と宮崎祐介、、、最高だね。
今回のツアーはBLUE LAGOONの40周年、ホントはね去年のBRASILIAN SKIESの40周年のライブツアーを見たかったけど、富山に来なかったし残念だわ。

それでも「渚・モデラート」「エピダウロスの風」のAMAZONSのコーラスは絶品だった。アンコールでは今は亡き加藤和彦が使ってた黄色のストラトキャスター(デカヘッド)でサディスティック・ミカ・バンド時代の黒船 (嘉永6年6月4日)を演奏してくれた、冒頭でエフェクターのスイッチミスはあったもののいい演奏だった。さすがにこの曲には思い出や思入れが多くて目頭が熱くなった。

チケットを用意してくれた林君には感謝です。

2019年8月22日木曜日

LIVING ART in TOYAMA 2019

6月初旬にLIVING ART in TOYAMA 2019のプロデューサーの貫場さんにアートとスポーツをコラボさせたいと依頼があった。これは断る理由もないので引き受けさせてもらった。
LIVING ART in TOYAMA 2019自体にはプログラムされないのだけど、貫場さんが主宰するVEGAを基点に VEGAタイム・ギャップレースと称するサイクルイベントを立ち上げた。
速い人が勝つという、当たり前のレースではなく誰もが楽しめるレースにしたら、18名(女性4名子供1名)もの人が参加されて笑顔が絶えない楽しいレースになりました。参加の皆様ありがとうございました。

LIVING ART in TOYAMA 2019は8月17日と18日の2日間開催されてて、コンテンツが盛りだくさんで楽しかった。アートもイートも素晴らしかった。(ここでは詳細を省きます)

世界で活躍されてるヴァイオリニストのsayakaさんとギターのカルロスさん(キューバ人)パーカッションのゲンキさんのライブを一番楽しみにしてて、南米のリズムに酔いしれるいい時間だった。

1日目が終わって貫場邸でのパーティーに招待されて行ってみると、そこにはミュージシャンの3人も居て、さらにはsayakaさんのご両親(作曲家の香月修さんご夫婦)も。いろいろと音楽の話を聞いてると、楽しくて楽しくてたまらなかった。(この話も書き留めておきたいのだけど)
そしたらカルロスさんがギターを持って弾き語り始めてくれて、メンバーはハモりながら素晴らしいコーラスアンサンブルを披露してくれた。いわゆるシークレットライブって言うやつね。このギター、実はKAKIの清さんのマーチンなんだね、いい音してた。

数曲演って、何やら聴き覚えのあるイントロが流れてきた。ALEX CUBAのSi Pero Noではないかと一緒に口ずさむとsayakaさんが驚きながらオレの方へ振り向いて「この曲知ってるの?」って。その質問にオレも驚きながら「Si Pero Noでしょ」って返すとびっくりされた。日本人でこの曲知ってる人はホントごく少数だそうだ。こんな田舎に知ってる人が居てびっくりだったんだろうな。そしたら2日目のファイナルでこの曲をリクエストしたら演奏してくれて、飛び上がるほど嬉しかった。音楽にここまで酔いしれるのはなかなか体験できないスペシャルな2日間だった。貫場さん、ホントありがとうございました。sayaka band最高!最幸!