その難点を埋めるのに中古のVOLKL ONEをグリップウオーク対応ビンディングで新規投入、それもマンゾクスポーツの久保くんに無理言っていろいろカスタマイズしてもらった。これが実に調子がよくて膝の負担は少ないが、財布の負担が増えた(笑)
本来ならパウダーライドの板は1本でいいと思うが、贅沢にも2本所有してる(笑)
何気に雪の到来が早かった。先シーズン降らなかったボーナスとも思える。
アートとウクレレばかりしてると運動不足気味なので、体を動かすつもりでスキーに出かけるも、滑るモチベーションがかなり低い。年々少しづつ感じてはいたものの今季は一気にやってきた感じ(笑)鬱っぽい要素は無いから病気では無いと思う。あと前記した左目の影響で動体視力の低下、左膝の古傷、肩の不具合といろいろボロが出てるから、なんかめんどくさくもあるしな。
先シーズンまではらいちょうバレースキー場のスキースクールにほぼ全ての道具を置かせてもらってたんで身一つで行ってもすぐに滑れた。そんな好環境を少しだけ離れてみてホワイトシーズンを迎えた。早い話、ホームを持たないジプシースキーヤーなんだけど、あわすのスキー場を応援するつもりでシーズン券を購入。大好きなパウダーライドだけでも行く価値はあるんで軸足は決まったかな。
そして先日の雪害(除雪)でまたまた膝と肩の調子を悪化。なんとか行けるところまでは頑張ろう。
1957年 フランスで黄金よりも高貴な青として特許を取得した青色がある。フランス人画家イブ・クラインが作ったインターナショナル・クライン・ブルーのことである。
ペンキ職人になって45年くらい、そのおかげで塗料や色の知識はそこそこ持ってはいるが、まだまだ勉強不足のところもある。
若い頃、取引先の建築設計士さんからイブ・クライン・ブルーの色指定を受けた現場があった。イブ・クライン・ブルー?それ一体なんぞや?それにカッコいいネーミングじゃないかと思いながら仕事をするも、その調色に何度も失敗して結局、設計士さんに頭を下げて妥協をしてもらうことになり、さらには大きな赤字も出した苦い経験がある。その時はただ見せられた色の印刷物だけが頼りで、データもない時代だったし、そもそもイブ・クラインを理解してない無知な若造だったことは否めない。
オレ自身、青色は大好きな色だ。今思えばその時の苦い経験が青色に対する知識を高めてくれたとも思う。笑える後日談にはなるがイブ・クライン・ブルーは建築用塗料が持つ青の顔料では絶対に出せない青だってことが後々わかっったのだ。当時の設計屋さんも無知だったことになる、頭を下げて損したぜ(笑)
1リットル100$、バカ高い価格の塗料(絵具)1斗缶に換算すると日本円で20万円以上、、、おかしいだろ。黄金よりも高い高貴な青って、納得だわ。
アートを始めてからも青の探究心は深まるばかりで、青基調の作品が多いのはそう言う理由からだ。今回購入した絵具の半分は、語尾に・・ブルーの文字が付く、どんだけ青好きなんよ、オレ(笑)でもその絵具達でもインターナショナル・クライン・ブルーは表現できない。それが最近になって、なんとなく化学反応でインターナショナル・クライン・ブルーにより近い色が出せたのは嬉しいぜよ。正直、まだ研究は必要だけど。
9月から始めたペイントアートはジャンル的にはフルイッドアート、ポーリングアートに入る。もちろんアクションペインティングも継続中。
そして建築廃材のベニヤ板と建築用塗料が底をついた。建築廃材は来春まで出そうにないし、冬場のペンキ屋さんは暇だから塗料の発注も激減するんで、アクリル絵具とキャンバスボードをamazonで注文、結構な散財なんよコレ(笑)
塗料と違ってアクリル絵具は色数が多いので表現力が広がるだろうから、そのワクワク感が止まらない。だけど、使い勝手がイマイチわからず、1枚目はヒビやシワで大失敗。メディウム材や他の添加物のレシピが全然理解不足。2枚目は工夫をするもやはり失敗。いろいろネット検索するも、まだ日本では普及してなくて外国語のサイトばかりで、少しわかりづらいし、日本で入手不可能なものもあったりで、しばらくは苦労が続きそうと思った矢先に3枚目はわりと上手くいったからちょっと出口が見えたかも。
*絵具の持つテクニカルデータをとるための、作業なんで写真は載せませんのであしからず。
我ら世代の子供の頃は野球が盛んだった。しかし超がつくらいに下手くそだった。それを見かねた野球好きの父親が仕込もうとするも球が思ったように捕球出来ないし、打つのもタイミングがズレて空振りばかり、挙げ句の果て大声でドヤされて野球と父親が大嫌いになった。それは今も変わりない。野球が苦手なことで家族にも友達にも運動神経の悪い子として扱われて、少年野球でも2軍で出番はなし、それでも友達と一緒に居れることは楽しかった。野球が出来ない理由が小学4年頃になってようやくわかった。両目の極端な視力差が原因だった。
生まれつき左目が極度の遠視で視力が0.1にも満たないほぼ明暗のみ。右目も遠視傾向が強くて、30半ばまでは2.0以上あった。なので老眼も人より早くやってきた。そして未だに極度の遠視を矯正するメガネやコンタクトレンズはないのである。
大人になるにつれ、視力差に慣れてきて日常生活にはほぼ問題がないレベルだけど、弱視にまつわるエピソードはいくつかある。あと、いっとき流行った3Dメガネはダメだった(笑)普段は気になることがないけど、最近この左目が右目までイタズラし始めた。右目だけで見る視力と両目で見る視力を比べると後者の方が0.2~0.3程下がるし、ぼやけて見える時もある。しかし左目を塞ぐと光が入ってこないから気配みたいなものを感じることが出来ないから、隻眼にせず両目を使っている。右目が健全に見えてるから障害者になることもない、だから自動車運転免許も取得できるわけで。
左目の弱視が人生において、どれだけ影響を及ぼしているかわからない。音楽が好きなのもそれが一因かも知れなしいし、サーフィン中に遥か彼方の水平線を見てるのが好きなのもそうかも知れない。
こないだサーフ仲間の藤樫君から黒田征太郎と中村達也のライブパーフォマンス(youtube)のURLが送られてきて、脳のかなりすみっこに追いやられてた記憶がいきなり急浮上した。
かれこれ24~5年くらい前だろうか、富山市呉羽にあるの芸術創造センターで黒田征太郎氏のアクションペンティングをライブで観たことがる。音楽に合わせながら体をめいいっぱい使って描く姿にすごく感動したのを覚えてる。ジャクソン・ポロックが大好きなオレには超刺激的だった。
そして運が良いことに次の日に今は亡き柿谷誠さんが当時新築したばかりのN邸でトークライブみたいのをやるっちゅうことで、カミさんと一緒にひょこひょこ出向いてったら、征太郎さんだけかと思ったら弟の泰蔵さんが居て、征太郎さん泰蔵さん誠さんのトークライブになって、アーティストならではの話の展開で三者三様でみんな違うベクトルを出しまくってた。その中でも一番覚えてるのが泰蔵さんの寡黙な姿勢。そしてそこには彼の白磁の作品がいっぱい並んでて、それに圧倒されて息を呑んだのを今でも鮮明に覚えてる。黒田ご兄弟と少し話をさせて貰ったのは覚えてるけど、興奮してたから何話したか全然覚えてない(笑)
そして現在、アートの真似事をはじめたのもアクションペインティングの代名詞ジャクソン・ポロックごっこをしたのが引き金になっている。
当時に藤樫君を知ってたら連れて行って上げたかったよ。ありがとね!
廃材アートのめり込み度が半端ない。四六時中、絵のことを考えてしまう。と言うのも最近は失敗が多くて、試行錯誤の繰り返しが続いてる、だから余計に考えてしまう。乾燥不良やヒビ割れ、色混ざりなどなど。ビギナーズラックは終わったね。それとは逆に狙ったイメージ通りの物も数枚出来るしで、、、だからのめり込んでしまうわけで。
コレからが試されるときと思ったら、手持ちの塗料が少なくなってきた。建築用塗料にはやはり限界があって、絵画用からみたら圧倒的に色数と種類が少ない。粘度も低くてタレやすい流れやすい、隠蔽率も低い。とは言え、建築塗料も種類を選べばイメージを膨らますことも出来る。この先は絵画用絵具も併用しながらの作業になるやろうな。しかし塗料や絵具は高いね!
写真1枚目は一番のお気に入りで、めずらしくも流体アート作品ではなくて、少し彫刻の要素が入ってる。思わずリビングに飾ってしまった(笑)タイトルは「海LOVE」
2枚目もお気に入り。ユーミンの「ダイヤモンドダストが消えぬまに」の冒頭の歌詞にインスパイアされ、狙って作ってみた。べに珊瑚もチラッと見える(笑)でもタイトルが「砂州夜曲」と笑わせるが「ラグーン・セレナーデ」と読めば悪くないかも。